無痛分娩の安全性

無痛分娩の安全性

硬膜外麻酔による無痛分娩の合併症について

ここ最近、無痛分娩に関連する事故の報道がなされ、漠然と「無痛分娩はこわい」と思われている妊婦さんも多くいらっしゃると思います。無痛分娩は麻酔を併用したお産であるため、他の医療行為と同様に麻酔による合併症は起こりえます。もっとも重大な合併症としては全脊髄くも膜下麻酔局所麻酔薬中毒などがあげられます。このような合併症の頻度はまれではありますが、医療行為である以上発症をゼロにはできません。しかし、早期発見、早期治療で重症化を予防することは可能と考えます。そのため万が一の発症に備え下記のような合併症に対する対応策、予防策に努めるべきと考えています。

 

知っておくべき合併症

▶全脊髄くも膜下麻酔

硬膜外腔に挿入したカテーテルがくも膜下腔に入り込んでしまうことが原因です。硬膜外腔に投与しているつもりがくも膜下腔に局所麻酔が多量に投与されてしまい、気づかないでいると脳幹部まで達することがあり、呼吸停止など生命に関わる重篤な合併症となりえます。

▶局所麻酔薬中毒

硬膜外に投与した局所麻酔薬がなんらかの原因で多量に血管内に入ってしまうと神経の伝達系に影響し興奮状態や多弁、味覚異常などの症状から始まり気づかないでいると呼吸停止や心停止など生命に関わる重篤な合併症となりえます。

予防策

硬膜外カテーテルを挿入した時点で必ずカテーテルが硬膜外腔以外のところに入っていないか(血液やくも膜下を流れる髄液が引けてこないこと)の確認を行います。

また、局所麻酔薬の種類濃度を工夫することで重篤な合併症の予防につながる可能性があります。硬膜外麻酔では分娩までに結果的に多量の局所麻酔薬を使用することになるため局所麻酔薬中毒や全脊髄くも膜下麻酔になってしまった場合に重症化する可能性があります。そのためなるべく副作用が少なく、かつ長く効くタイプの局所麻酔薬を低濃度で使用することが勧められます。

アナペイン®(ロピバカイン)やポプスカイン®(ブピバカイン)といった局所麻酔薬を0.1%前後の低濃度で使用しフェンタニルなどの麻薬を少量加えて鎮痛効果を強めるなどの工夫がされています。マーカイン®(ブピバカイン)という局所麻酔薬は心停止を引き起こす心毒性が強いため、無痛分娩のための硬膜外麻酔には徐々に使用されなくなっています。

対応策

「早期発見・早期治療」に尽きます。つまり「早く気づくこと」です。

局所麻酔薬中毒や全脊髄くも膜下麻酔がすべて呼吸停止や心停止などの重篤な症状を発症するわけではありません。局所麻酔薬中毒であれば耳鳴りや味覚異常(鉄の味)や多弁などから始まるといわれていますし、全脊髄クモ膜下麻酔であれば足が動かなくなる運動麻痺から始まることが多いとされています。そういった初期段階の症状を見逃さないことも対応策の一つです。これが早期治療につながるからです。そのためには医師だけでなく分娩の多くの時間を妊婦と共にする助産師もこういった知識や対応策を知っていなければなりません。

そういったことを助産師、医師ともに訓練する機会として日本では一次救命処置の講習会であるbasic life support(BLS)講習会や最近では日本産科婦人科学会、日本周産期・新生児医学会、日本麻酔科学会、日本臨床救急医学会、京都産婦人科救急診療研究会、妊産婦死亡検討評価委員会の6団体と共に、日本看護協会、日本助産師会、日本助産学会も協賛団体として参加している日本母体救命システム普及協議会(J-CIMELS)https://www.j-cimels.jp/が設立されました。

その他代表的な合併症

▶硬膜穿刺後頭痛(PDPH)

硬膜外麻酔の際に硬膜を刺して破ってしまった場合や脊髄クモ膜下麻酔を併用した場合にその後におきる頭痛をPDPHといいます。硬膜に穴があいたことで髄液が硬膜外腔にもれて頭蓋内にも影響を及ぼしてしまうことが原因といわれています。PDPHによる頭痛の特徴は立位や座位で増悪し臥床で軽快します。軽症の場合には鎮痛剤の投与や安静で改善しますが、重症の場合には硬膜外自己血パッチ法という方法で治療します。

 

▶母体発熱

硬膜外麻酔による無痛分娩による発熱の頻度は10-20%と比較的高いですが原因ははっきりわかっていません。感染による発熱ではないため、冷やしながら慎重な経過観察で問題ないことが多いですが、子宮内感染など感染症による発熱との鑑別は必須です。

 

▶かゆみ

フェンタニルなどの麻薬を併用する際に、その副作用としてかゆみを感じることがあります。脊髄クモ膜下麻酔で頻度が高いですが、硬膜外麻酔でも症状を起こすことがあります。通常は冷やすなどの対応で軽快しますがあまりにも強い場合には麻薬の拮抗薬を使用できますが麻薬による鎮痛効果はなくなってしまいます。

 

▶おう気・おう吐

フェンタニルなどの麻薬でおう気おう吐を起こす可能性はあります。特に麻薬が全身投与された場合には発症率が高くなるためIV-PCAの場合には注意です。硬膜外麻酔CSEAで使用されている場合には発症する可能性は低いとされています。おう吐した場合には誤嚥(間違って気管の中におう吐物が入り込んでしまうこと)に注意が必要です。無痛分娩開始後は絶食にしている施設が多いのはこのためです。

 

▶神経損傷(下肢のしびれや知覚障害)

局所麻酔薬が神経に長い間結合していることがあり知覚障害や運動神経障害が起こることがあります。またまれではありますが、針やカテーテルで神経を傷つけることもあります。ほとんどが数か月以内に回復することが多いと報告されています。しかし、すべてが麻酔関連ではなく分娩の時の体位など麻酔とは関係しない要因で生じている場合もあります。大腿神経、坐骨神経などが圧迫され、ふくらはぎのしびれや感覚低下が数か月続くことがありますがこれも多くは自然に改善します。

 

▶硬膜外血腫

硬膜外腔に血腫(血のかたまり)ができることをいいます。発生率は非常にまれですが、妊婦の場合には凝固能(血液の固まりやすさ)が強くなっているためさらに発症率は低いとされます。しかし、血栓症予防のための抗凝固療法(血をサラサラにする薬の使用)を行っている場合や、血小板減少症や産後大量出血などで凝固能が障害されている場合には注意が必要です。無痛分娩開始前に血小板低下や凝固能低下が判明している場合には硬膜外カテーテルの挿入は行いません。足のしびれや麻痺、背中の痛みが続く場合には硬膜外血腫の可能性が考えられます。硬膜外血腫の診断がされた場合には専門科へのコンサルトの上、治療(除圧術)が必要になることがあります。

 

▶硬膜外膿瘍

穿刺部位からの感染などにより硬膜外に膿瘍(うみ)を形成してしまいます。硬膜外カテーテルの挿入は清潔に行われるため発症はきわめてまれですが、いったん生じると重篤な後遺症を残すため重要な合併症の一つです。疑う兆候としては、発熱、白血球増多、重症の腰痛、刺入部の痛みです。麻酔施行時の不潔な操作はもちろんのこと、糖尿病やステロイド使用などの易感染性の妊婦さんはリスク因子です。疑った場合にはMRIや原因菌同定のための検査が必要です。また重度の神経障害がある場合にはドレナージ術も必要となることがあります。

硬膜外麻酔による無痛分娩の合併症について